エンゲディ資料センター

by Lois Tverberg

主を恐れることは知恵の初めであり、聖なる者を知ることは理解することである。 (箴言9:10)

聖書の中でよく出てくる言葉に「恐れ」、ヤレという言葉がありますが、特に神について言及するときに出てきます。 ある人は、旧約聖書の神はただ人間を恐れているのだと感じている。 しかし、

(メシアについて) … 主を恐れることを喜ぶだろう、というような節がある。 (Isaiah 11:2-3)

and

謙虚さと主への畏れの報酬は富と名誉と命である。 (箴言22:4)

これらの節から明らかなように、「主を畏れる」ことは否定的なことではなく、むしろ良いことである。 これらの節を理解する鍵は、多くの言葉と同じように、ヘブライ語では「恐れ」はより広い意味を持ち、名誉、尊敬、畏敬、礼拝的畏怖のような非常に肯定的なものを含んでいることを知ることです。 実際、私たちが英訳で「revere」や「reverence」という言葉を読むたびに、それはヘブライ語の動詞「yareh」に由来しています

ラビニズムでは、「主を畏れる」ことは礼拝者の人生の最大の目標の一つと考えられていました。 それは、神が見ておられることを常に思い起こし、その御心に従って生きることの大切さを自覚し、常に神の配慮を心強く思うことである。 それは、神が愛する者を懲らしめられることを理解することでもある(黙示録3:19)。 しかし、神に怯えるという意味ではなく、神との積極的で敬虔な関係を強調するものである。 1213>

主を恐れることは強い自信となり、
その子らは逃げ場を得る。
主を恐れることは命の泉であり、
人は死のわなを避けることができる。 (箴言14:26-27)

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さらに読む。

Lois Tverberg and Bruce Okkema著「Listening to the Language of the Bible」En-Gedi Resource Center, 2004をご覧ください。 これは、聖書の単語やフレーズの意味を元の設定で瞑想するディボーション・エッセイ集です。

味わい深い5つのヘブライ語の、親切で一口サイズの聖書研究は、Lois Tverberg, OurRabbiJesus.com, 2014 (ebook).5 Hebrew Words that Every Christian Should Knowをご覧ください。

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